年代
できごと
1390 正龍寺 虎森和尚により再建
1411 島津久豊、山川港に津口番所(船舶の出入り等を改める番所)を設置
1400年代後半 開聞岳を目印に、多くの南蛮船や中国船が山川に来航。唐人屋敷もできる
1543 ポルトガル人種子島に漂着し鉄砲伝来
1546 ポルトガル船(アルバレス船長)が半年間滞在(「日本報告」に山川近辺の様子を記述)。同年末頃、ヤジローを乗船させマラッカに帰る。
1549 フランシスコ・ザビエルがヤジローの案内により、中国人アバンの船で山川に上陸。そこで、小舟に乗り換え鹿児島に上陸、キリスト教布教始まる。
1583 島津氏による山川港の支配権獲得
1592 指宿郷より成川村・山川村を分ち山川郷成立。地頭仮屋を設け地頭を置く
1592〜1597 文禄の役(1592年)、慶長の役(1597年)で山川港から軍船出港。多くの水夫(かこ)たちも動員された。また、正龍寺の僧も通訳として派遣された。
1600〜1605 山川の大山氏ルソンに渡航、大迫新左衛門ベトナムへ渡航
1609 琉球侵攻。山川港に三千余りの軍勢と百余艘の軍船集結。熊野神社で戦勝祈願祭。3月、樺山久高以下山川港を発す。5月、琉球王尚寧らを伴い帰港。
1611 琉球紋船着く。使者麻文仁親方安垣
1623 スペインの使者を乗せた船が山川港に来航、翌年国交断絶、来航禁止
1659 山川薬園開設
1660 指宿渡に五人番設置
1690年代 初代河野覚兵衛、山川港に入る
1705 前田利右衛門、琉球からカライモを持ち帰り郷里に試植、次第に一般に普及
1810〜1812 伊能忠敬が山川港に寄港(風待ちのため)、山川郷地区の測量も。
1814 八代目浜崎多平次生まれる(〜1863)
1837 モリソン号(米)が山川港に碇泊。家老島津久風 砲撃し退去させる。住民が密かに五人番で湧き水を与えたという話。
1846 斉彬が山川へ巡視、竹山で砲術訓練、河野覚兵衛宅に宿泊
1854 ペリー艦隊(黒船)のレキシントン号、山川沖に来航
1858 幕府練習船咸臨丸が入港(3月と5月)、勝麟太郎(海舟)と斉彬が会談
1859 西郷隆盛、山川港から奄美大島に遷される(1862年2月大島から帰る)
1862 西郷隆盛、山川港から徳之島、冲永良部に配流(1864年2月赦され鹿児島に帰る)
1863 薩英戦争(後日、山川岡児ヶ水崖下に水葬された英兵漂着)
1869 廃仏毀釈(山川の禅寺正龍寺、島津家菩提寺鹿児島の福昌寺も廃寺となる)
1874 西郷隆盛、鰻に逗留。開聞山麓で狩りに興じる
1877 西南の役
1879 廃藩置県で沖縄県誕生
1880 山川に西南の役戦没者招魂塚建立
1910 鰹節製造開始
1930 山川町となる(町制施行)
1934 第一回 山川港祭り
1945 福元戦災大火(8月8・11日)山川役場庁舎焼失(9日)
1959 佐多〜山川航路就航
1960 「南国情話」レコード収録
1968 山川〜根占航路開設
1984 山川港外港埋立竣工
2002.9 山川〜根占航路ストップ
2004.8 台風16号で渡の五人番のアコウが倒れる、太平次公園に移植
2004.12 山川〜根占航路再開
2005 山川港水産加工排水処理施設完成稼動
2006 新・指宿市誕生
2009 琉球・山川港交流四百周年事業